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ブログ

2019/06/05

「付き合う人を選択したほうがいいのですか?」という質問に関しての私の答え

こんにちは。 渡邉利咲です。

 

若い頃、私は犯罪心理学に興味を持ったことがありました。

 

「なぜ人は他者を傷つけることができるのだろう。」

 

「なぜそんなひどいことを平然と行えるのだろう。」

 

当時の私は、ロンブローゾの説を知りたいという気持ちもありました。

 

チェーザレ・ロンブローゾは犯罪学の父と言われた人物であり、彼は犯罪に影響を及ぼす遺伝的要素を指摘した人物で有名であります。

 

犯罪を犯す人たちはきっと特別な何かがあるのだと、私は当時、思っていました。

 

きっと私は高慢にも「私は彼らとは違う」と思い、ある意味、幻想的な優越感に浸りたかったのかもしれません。

 

 

裁判所に通ったり、実際に犯罪歴のある人に話を聞いたり、被害者の方のお話を聞いたりすることをしていた時期がありました。

 

はじめて傍聴席で話を聞いたとき、私は「どんな悪人が出てくるのだろう」と思っていました。

 

人々を苦しめることが好きで、「すみません」と言っていても反省の色がない人が出てくるのだろうと思っていたのです。

 

すると、出廷した被告人を見て「なんて小さい背中なんだ」と感じたのを覚えています。

 

私は幼少期からクレアセンテンス(情報を全身で感じる能力)に長けていますが、このときも、彼の幼少期からの情報を全身で感じて悲しくなりました。

 

彼は、愛される経験が圧倒的に少なかった。

 

「あなたのままでいいんだよ。」とありのままを認め、無条件に愛される経験が少なく、愛に飢えているようにも見えました。

 

裁判を見たあと、私は裁判所の長い廊下をとぼとぼ歩いていました。

 

そのとき、向こうから歩いてくる数人の若者が談笑しながら歩いてきました。

 

ピンク、ブルーなど、カラフルな髪の色に、鼻ピアス、耳ピアスがキラキラ光り、カラフルな洋服、女性はスカートが太もものあたりでスレスレで、下着が見えそう。

 

重々しい建物の雰囲気とのコントラストに目を引きました。

 

「次は何をみる?」

 

「殺人なんて面白そうじゃね?」

 

なんて、まるで映画館で「どの映画を観ようか?」と相談しているような軽さがあり、私は静かに怒りがこみあげてくるのを感じました。

 

 

あるとき、私は犯罪歴のある人にインタビューをする機会がありました。

 

幼少期の生活から現在に至るまでを事細かに聞いたとき、途中から胸が苦しくなったのを覚えています。

 

よくテレビのニュースでいじめられっ子が自殺したケースや、いじめられっ子が同級生から殺されたニュースがありますね。

 

その方は、それと同じような酷い目に遭っていました。

 

ほんとうに尋常じゃなく、なぜこんなことに?と思えるくらいです。

 

また、別のケースでは、「選択肢がなかった」というのもありました。

 

犯罪を犯す選択肢しかなかった、ということです。

 

これに関して書くととても長くなるので、ここでは詳しく話しません。

 

 

引き寄せブーム、スピリチュアルブームがあり、「豊かな人と一緒にいましょう」などの言葉をよく耳にします。

 

私も、この手のことで意見を聞かれることは多いのですが、私の意見としては「どちらとも言えません」です。

 

人のエネルギーは干渉し合っておりますので、精神性の高い人の傍にいるならば、私たちのエネルギーフィールドに良い影響を及ぼすでしょう。

 

確かに、「自分にとっては」良いでしょう。

 

でも、あなたが人を選び、「この人はOK」「この人はNG」とやっていると同時に、自分自身が選択されていることも忘れてはいけません。

 

「あなたは私より波動が高いからOK」「あなたは波動が低いわね」なんて心の中で思われていたら嫌ですよね。

 

 

さて、私たちには学びのステップがあります。

 

まず最初の成長段階で学ぶことは奉仕です。

 

最初の段階で学ぶことは、時間に追われ、誰かのために尽くしていくような初歩的な奉仕です。

 

ここで、私たちが学ぶことは奴隷にならないようにすること。

 

時間の奴隷、人々の奴隷にならずに、上手くやり繰りしていくことです。

 

そして、様々な段階を経て、最終的にたどり着くのも奉仕の道です。

 

この段階の奉仕は、すべての人の幸福を考え、何が人々にとって良いのかを考えて行動する全体への奉仕。

 

コミュニティの長、長老などが担う役割ですね。

 

全体への奉仕は、平等に愛すること、慈しみ、そして時には全体のために厳しい決断も必要になるでしょう。

 

長老が「あなたは波動が高いから付き合う」「あなたは精神性が低いからお付き合いしない」と、考えるでしょうか?

 

なんだか違う気がしますよね。

 

 

ですから、先ほど話に戻りますが、付き合う人を選択することについて、私はYESでもNOでもありません。

 

悪意があって傷つけてくるのであれば、距離をとって自分を守ることは大切ですし、実際にそのような学びも私たちにはあります。

 

疲労感が半端なく、とても辛いのであれば、それもまた距離をとることが望ましいかもしれませんが、自分が感じる疲労感を人のせいにしてはいけません。

 

自分のエネルギーフィールドをしっかりとさせ、他者が自分からエネルギー奪おうとするなら(例えば、依存、嫉妬、優越感、愚痴)などがあれば、自分が最善だと思う方法をとることも大切です。

 

何より忘れていけないのは、どの人も「嫌いにならない」ということです。

 

「好きになりなさい」とまでは言いません。

 

それは「嫌いにならない」を実践できた後の話ですから。

 

嫌いだと思って別れるのであれば、別れた後でもいいので、「嫌い」という気持ちが中立になるまでクリアリングすることが望ましいと思っています。

 

怒り、トラウマ、悲しみ、嫉妬、心配、不安、期待、情、優越感など、その人に向けられたあらゆる感情、思考を中立に保つとき、ほんとうの学びが見えてくるのかもしれません。

 

私がなぜこの犯罪の話をしたのかというと、人には、善人、悪人という違いはありません。

 

どんなに波動が高くても、サイキック能力があっても、愛を忘れてはいけません。

 

もし「幸せな世界になったらいいな」「平和な地球になったらいいな」と思うなら、私たちは隣人に対して、どのように考え、接していけばいいのでしょうか。

 

それを考えてみるのも、いいかもしれません。

 

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

素敵な一日をお過ごしください。

 

 

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