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ブログ

2019/03/23

人間関係を選択するとは?

こんにちは。渡邉です。

 

「人間関係を選択する」ということについて、意見を聞かれることがあります。

 

きっと何かの本やセミナーなどでお話を聞いて疑問に思われたのだと思います。

 

お聞きしていると「人を切り捨てるみたいな考え方がイヤだ」と思われているようです。

 

きっと「選択する」というニュアンスの使い方の違いなのかな?と思いました。

 

例えば、言葉の背景に「自分の利益にならない人との付き合いをやめる」とか「自分の成長の障害になる人を切り捨てる」というニュアンスを含んでいることに疑問を持たれているのだと思います。

 

他者は自分であると理解するならば、他者を「切り捨てる」ということは、自分の一部を切り捨てることにもなります。

 

それに、年齢を重ねるごとに若い世代を引っ張っていったり、与える立場になるのですから、利己的な考えは手放していくのが良いかもしれません。

 

若い人々は自己の魂の成長のために吸収する時期です。

 

導く世代の人々は、勉強になる人とのお付き合いも大切かもしれませんが、「受け取る」から「与える」立場になっていきます。

 

なんでも「欲しい」で(たとえ情報や勉強にしても)選択するのではなく、若い世代に与える立場になるのですから、自身の在り方についても考えたほうがよいかもしれません。

 

そして、利己的な考え方や、他者のために尽くしたいとか、愛になりたいという考え、信念を手放していくならば、中立に選択することができるようになると思います。

 

「愛になりたい」とか「他者のために」という考えはなぜダメなの?と疑問に思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 

たとえ良いと思っていることでも、信念として固定されていくことで、それにそぐわない人々を排斥しようとします。

 

これが歴史で繰り返されてきた悲惨な争いです。

 

人間関係の争い、他者に嫌悪感を抱いたり、疑念をもったりするのも、「~であるべき」という信念があるからでしょう。

 

ですから、中立に選択していく。

 

「中立」とは、深い海のように静寂で動くことなく、きちんと統御されている感情と思考、そして目の前にあるモノを善悪を付け加えることなく見る目のこと。

 

静寂のなかにいるとき、内なる囁き(高次のあなたの声)が聴こえてきますので、全体にとって最善のものが見えてくるでしょう。

 

その意味での「選択」でしたらよいのではないかと思います。

 

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございます。

 

素敵な一日をお過ごしください。

 

 

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